長年連れ添った配偶者を守る。自宅の生前贈与と「持戻し免除推定」の教科書
―住み慣れた家とこれからの生活費、その両方を残すための優しい法律の仕組み―
「長年、内助の功で支えてくれた妻に、感謝を込めて自宅の権利を生前贈与した」 「これで自分が先に逝っても、妻は住み慣れた家で安心して暮らせるだろう」
そう考えて自宅を配偶者に贈与したり、あるいは「自宅を遺する」という遺言(遺贈)を書いたりする方はたくさんいらっしゃいます。 しかし、かつての法律では、この優しい親心が原因で、残された配偶者がかえって経済的に困窮してしまうという悲しいすれ違いが起きていました。
この問題を解決するために新設されたのが、「居住用不動産の持戻し免除推定」という特例制度です。今回は、長年連れ添った夫婦の生活を強力に守るこの仕組みについて解説します。
1. なぜ、これまでの生前贈与は「裏目」に出ていたのか?
前回のコラムでも解説した通り、生前に受けた特別な援助(特別受益)は、遺産分割の際に「遺産の前渡し」とみなされ、全体の計算に足し戻されるのが原則です。
かつての法律では、夫が妻に自宅(価値:2,000万円)を贈与し、それとは別に2,000万円の預貯金を遺して亡くなった場合、以下のような計算になっていました。
これまでの扱いのイメージ: 奥様は「すでに2,000万円分の自宅をもらっている」とみなされるため、残された2,000万円の預貯金は、他の子どもたちだけで分け合うことになります。結果として、奥様の手元には「自宅」は残るものの、これからの生活費となる「現金」が1円も入らないという事態が起きていたのです。
これでは、配偶者のこれからの生活を守ることができません。
2. 【配偶者保護の特例】「持戻し免除」とみなされる2つの要件
そこで法律(民法903条4項)が改正され、以下の2つの要件を満たす場合、亡くなった人が「この自宅の贈与は、遺産分けの計算に入れなくていいよ」と意思表示したものと法律上みなす(推定する)ことになりました。
- 婚姻期間が「20年以上」の夫婦間であること
- 居住用の建物、またはその敷地(土地)について、生前贈与か遺言(遺贈)が行われたこと
この2つに当てはまれば、わざわざ遺言書などに「持戻しを免除する」と難解な法律用語を書いていなくても、国が自動的にその意思を汲み取ってくれます。
3. 実務上の絶大なメリット:住まいと生活費の双方を確保
この特例が適用されると、遺産分割の現場はどう変わるのでしょうか。
先ほどの「自宅2,000万円+預貯金2,000万円」の例でいうと、自宅のプレゼントは最初からなかったもの(特別受益として扱わない)として計算します。
これからの扱いのイメージ: 自宅は最初から奥様だけのものとしてキープされた上で、残された2,000万円の預貯金を、奥様と子どもたちで通常通り(法定相続分などに応じて)分け合うことができます。
つまり、奥様は「住み慣れた自宅」を守りながら、これからの生活の支えとなる「預貯金」もしっかりと引き継ぐことができるようになったのです。長年連れ添った配偶者の貢献に報い、老後の生活保障を厚くするための、大変思いやりのある制度です。
結論:特例を過信せず、確実な「安心」を形にするために
この制度によって、熟年夫婦の生前贈与は格段に守られやすくなりました。しかし、実務上は依然として注意すべき点があります。
- 「推定」の限界: これはあくまで「法律上の推定」であるため、他の相続人から「いや、当時の状況から見て持戻しを免除する意図はなかったはずだ」と反論され、トラブルに発展する火種は残ります。
- 遺留分の壁: 自宅の価値が極めて高い場合、やはり他の親族の「遺留分(最低限の取り分)」を侵害してしまい、死後に金銭での支払いを請求されるリスクはゼロにはなりません。
長年連れ添ったパートナーに、本当の意味で100%の安心を遺すためには、この特例に頼るだけでなく、「持戻しを免除する旨を明記した、不備のない遺言書」をセットで用意しておくことが最も確実な防衛策です。
当事務所では、ご夫婦が築き上げてきた大切な財産を、最も円満に、そして確実に次の世代へつなぐための相続戦略をご提案いたします。「残される妻(夫)のために、今できる最善の手を打ちたい」という方は、ぜひ一度ご相談ください。

